2013年に公開された『風立ちぬ』は印象的なキャラクターが多く登場する作品です。
その中でも主人公堀越二郎と軽井沢で出会う謎の外国人、カストルプに興味をそそられた方も多いのではないでしょうか。
今回は、彼が何者なのか?を考察し、カストルプの正体に迫ります。
そのほか、モデルと噂される人物や意外なキャスト声優についてもお伝えしていきます。
『風立ちぬ』のカストルプは何者?モデルは?ジブリの社員!?
『風立ちぬ』に登場するカストルプについて、モデルとなった人はいるのでしょうか?
『風立ちぬ』の公式サイトのプロダクションノートと、鈴木敏夫さんのラジオ「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」(TOKYO FM)に、このことが語られています。
2011年の暮れまで、スタジオジブリの海外事業部に所属していた方で、宮﨑駿監督と仕事を超えた友人となっていたのがスティーブン・アルパートさん。
彼が事情でアメリカに帰国しなければならなくなったとき、宮﨑駿監督は彼の似顔絵をプレゼントしようと考えました。
ところが、満足のいく似顔絵ができないまま彼は帰国の日を迎えてしまったのです。
しかしその翌年『風立ちぬ』の絵コンテの中にアルパートさんが描かれていました。
スティーブン・アルパートさんはビジュアルだけでなく、カストルプの声も担当することになり、その件に関して鈴木敏夫さんも「実にいいシーンになった」と語っています。
元スタジオジブリ海外事業部のスティーブン・アルパート氏の回想録が6月16日にアメリカで出版との報☞https://t.co/OSCgQX3KqH
「吾輩はガイジンである。ジブリを世界に売った男」との重複もあるだろうけど気になる。邦訳されないかな。 pic.twitter.com/nu46x2FPds— massando (@koiddon) June 1, 2020
写真右端の方ですが、ホント似ていますね。
宮﨑駿監督をはじめとしたほかの方々の笑顔で、アルパートさんのスタジオジブリでの活躍ぶりが伺えます。
また、似顔絵が描けなかったから映画にキャラクターとして登場させるという宮﨑駿監督の"粋な計らい"にも、ちょっとウルッとした私です。
『風立ちぬ』カストルプは何者?モデルはスパイ!?あのゾルゲ!?
ヴィジュアルと声の出演にてスタジオジブリに所属していたスティーブン・アルパートさんがモデルになっていたということはわかりましたが、キャラクターのモデルは他にもいるのではないかといわれています。
「魔の山」のハンス・カストルプ
1人目は、劇中でもカストルプ自身が口にするドイツ出身の小説家トーマス・マンの「魔の山」に登場するハンス・カストルプです。
「魔の山」の作中ではカストルプは結核を患い、サナトリウムで7年にわたって過ごすことになります。
『風立ちぬ』「魔の山」両作に登場する"結核"というキーワードからも、おそらくカストルプの名前はこの作品から取られていると思われます。
「人間性という永遠のテーマと、時に意地悪くさえ見える語り口で、この作品は今も私たちにじかに訴えてくる」
11/7読売新聞「文庫×世界文学 名著60」欄で尾方一郎さんがトーマス・マン『魔の山』(全2冊 https://t.co/XRxl1Pn2qP )を紹介 pic.twitter.com/wRAsI0uBHi
— 岩波文庫編集部 (@iwabun1927) November 7, 2021
ソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲ
もう一人のモデルとなっている人物、それがソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲです。
ゾルゲ自身は1933年から1941年までスパイ組織を作り、日本でスパイ活動を行なったのちに日本の警察機関によって逮捕され、死刑判決を受けて処刑されました。
『風立ちぬ』の作中で主人公堀越二郎は、カストルプと軽井沢で出会ったのち、特高から狙われることになります。
そのことから、カストルプは何かスパイ活動を行なっていた人物と考えるのも、ゾルゲが日本で処刑されたという事実とその風貌から、この時代のスパイ=ゾルゲがモデルなのではという連想も自然であると考えられます。
『風立ちぬ』カストルプの声優アルパートさんは歌が苦手だった!?
『風たちぬ』のカストルプは劇中で歌も歌っています。
カストルプがピアノを弾いて歌い始め、そのあと主人公の堀越二郎や菜穂子の父も一緒に、レストラン中の客が歌い始めるあのシーンです。
この歌はドイツの古典映画『会議は踊る』の挿入歌で「ただ一度だけ/ Das gibt’s nureinmal」という楽曲です。
今という時間を精一杯楽しみたいという内容の歌詞は、まるで二郎と菜穂子の生きざまをあらわしているようです。
キャスト声優を担当したスティーブン・アルパートさんは歌が得意ではなかったため苦戦したようで、この歌のシーンに関しては、菜穂子の父役の風間杜夫さんが助けてくださったそうです。
劇中で歌を歌うことについては、主人公の堀越二郎役のキャスト声優を務めた庵野秀明さんも"えーっ!歌うの!?"と感じたんだとか。
アルパートさんも、庵野秀明さんも宮﨑駿監督が大抜擢した方です。
監督が音入れの際、ニコニコしながら聴いている様子が目に浮かびそうなエピソードですね。
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『風立ちぬ』|カストルプのセリフ「忘れる」って意味は?
カストルプと主人公堀越二郎の会話は、なんとも不思議で印象的です。
カストルプは二郎にこう言います。
「忘れるにいいところです。
チャイナと戦争している忘れる。
満州国作った忘れる。
国際連盟を抜けた忘れる。
世界を敵にする忘れる。
日本破裂する、ドイツ破裂する。」
改めて、とても恐ろしいセリフですね。
二郎とカストルプがいた軽井沢は、とても戦争に向かおうとしている国の場所とは思えない、穏やかで優雅な場所でした。
カストルプは、破滅に向かおうとしている日本とドイツのこの状況を理解しています。
それにもかかわらず優雅に過ぎるこの時間と、ここにいる自分達を攻めているようにも、肯定しているようにも感じられます。
このセリフを言われても二郎は「ドイツはまた戦争をしますか」と真剣ながらもどこか他人事のようです。
彼は戦闘機を設計するという、この国の軍事を大きく担う職にありながら、戦争に加担している当事者意識を持ってはいないようです。
彼の仕事によって引き起こされる悲劇を、彼は忘れているとも捉えられます。
しかしそれ故に、彼は戦闘機の設計を続けることができたのだと思います。
もともと素敵な旅客機を夢見ていた少年時代。
その延長で始めた二郎の仕事は、実際は人を殺戮するためのものを作るということ。
彼のクリエイティブで美しいものづくりは、誰かの悲劇を生むためのものなのです。
おそらくカストルプは、二郎の仕事内容まで見抜いていたと思われますが、単純に二郎を非難も肯定もしていないことが、この作品の重要な部分なのだと思います。
私は、善悪に二分できないからこその喜びと苦しみを想起する印象深いセリフだと感じています。
『風立ちぬ』カストルプって何者?まとめ
謎のキャラクター、カストルプについていかがだったでしょうか。
モデルもセリフもどこを切り取っても重厚ですよね。
現在は、引退を撤回し再び新作に取り掛かっている宮﨑駿監督ですが、当時この作品を最後に長編映画制作からの引退を発表していました。
それだけに、宮﨑駿監督の「伝えたい」という熱量を強く感じる作品です。
カストルプという謎の重要なキャラクターを掘り下げることで、さらにこの作品で伝えたかった思いに触れることができたのではないでしょうか。
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